日本大学医学部案内
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38Nihon University School of Medicine  日本大学は,明治22年(1889年)学祖山田顕義によって創設された日本法律学校を母体として開設され,以後,自主創造の精神で芸術,科学,政治,経済,文化など多くの分野でわが国の発展に寄与してきました。 その一環として,国民の健康と福祉を守る医療を担うため,大正14年に現医学部の前身となる専門部医学科を開設し,その後,昭和10年に板橋区の地に日本大学医学部附属板橋病院を開院しました。以来,今日に至るまで80年の長きにわたり,医学部の教育理念である「良き臨床医の育成」を柱に,大学病院としての役割を担い,現在では,高度で先進的な医療を提供する特定機能病院として貢献しています。 また,地域の中核病院として,住民の医療ニーズ応えうる病院として満足いただけるよう努め,この間,多くの病める方に適切な医療を提供できるよう35を超える専門の診療科を中心に診療体制を整備してきました。 まず,厚生労働省から,がん専門病院として「地域がん診療連携拠点病院」の認可を受け,がん医療の中心的役割を果たしています。また,突然発症に対する救急医療の最後の砦となる3次救急医療を担う「救命救急センター」「外傷センター」「スーパー周産期医療センター」(母体救命対応総合周産期母子医療センター)及び「こども救命センター」の認定を受けています。緊急処置を必要とする循環器系疾患である脳卒中,急性心筋梗塞,急性大動脈解離などに対して24時間で常時治療ができる重要な地域拠点病院となっています。同時に「災害拠点病院」「災害医療派遣チーム」「東京DMAT」の指定を受け,災害医療に緊急対応できる体制も整備しています。このようにあらゆる緊急要請に応じ,高度先進医療を担う中核病院として,地域の医療機関との緊密な連絡をとりニーズに応じた医療を実践してきています。当病院は,今後ともこれまでの支援と培われた伝統を重んじて,「愛と責任を基幹として病者の権利と生命の尊厳を重視して,安心・納得の得られる医療を実践する」という理念のもと,地域の医療機関ならびに住民の皆様から常に信頼される病院として,全教職員一同たゆまぬ努力を続けてまいります。地域の中核病院として多くの方に適切な医療を提供したい日本大学医学部附属板橋病院長 平山 篤志日本大学医学部附属板橋病院Nihon University Itabashi Hospital

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